旧帝国陸軍:岩国陸軍燃料廠の防空壕跡
3月7日に岩国陸軍燃料廠の防空壕跡を観に出かけました。こちらも大竹海兵団跡之碑と同様に某工場敷地内にあります... 某工場と記しましたが、中国新聞記事になっていたから記してもかまわないですね。三井化学岩国大竹工場です。
言われないとわからない防空壕跡
上写真の青く囲んでいるのが目指す防空壕跡です。上記のように中国新聞(2011年8月14日)で紹介されていたのですが、この記事をネットで見つけてなかったら、防空壕跡を見つけることはもちろん、何かの間違いで見つけてもこれが防空壕跡とは考えなかったでしょう(汗)。
そばに近寄って見てみます。
まず、入り口が見当たりません。入り口は別の場所にあったのでしょうか?
やはり防空壕跡という記事を読んでなかったら、それとはわかりそうにありません(汗)。こういった目立つことのない戦争遺構は多くのものがなくなってしまいました。なんでも残せばいいなんてことは考えませんが、こういったものがそこにあったという事実は忘れられないようにしたいと感じるのでした。
さいごに岩国陸軍燃料廠のことを少し。岩国陸軍燃料廠は1939年に着工、1942年に操業を開始しました。終戦3ヶ月前の1945年5月10日にB29による空爆を受け壊滅。350人以上の犠牲者が出ましたが、その中には学徒動員されていた女生徒もいたそうです。
このページの公開日:2013.03.17