安芸の国から

安芸の国に暮らすおじさんのお出かけ記録です

旧帝国海軍:93式魚雷、92式魚雷、91式魚雷

3月30日に海上自衛隊第1術科学校の一般公開に訪れたときにみつけたのが3つの魚雷たち。今年1月に甲標的の気蓄器を観に訪問したときにはありませんでしたので、新しく展示されたものです。下の写真手前から93式魚雷、92式魚雷、91式魚雷となります。

93式魚雷、92式魚雷、91式魚雷の並びを前から

太平洋戦争中、帝国海軍のみが運用した酸素魚雷

これらの魚雷についてはあまり見ている人はいませんでした。これらの魚雷たちを見つけて「おおぉ」と感じた私はマイナーなのかもしれません(苦笑)。

93式魚雷、92式魚雷、91式魚雷の並びを後ろから

93式魚雷の手前に説明板がありましたので掲載します。

93式魚雷(左)

この魚雷は昭和8年、酸素を酸化剤とする蒸気レシプロ機関を使用した世界初の実用酸素魚雷として開発、巡洋艦、駆逐艦等に搭載された。 93式魚雷以前は、圧縮空気を酸化剤とする空気魚雷または電池魚雷が使用されていた。

純酸素を酸化剤とすれば、画期的な性能向上が期待できるが、酸素は燃焼反応性が高く、始動時に爆発する恐れがあるため、実用化は不可能と目されていたが、始動時には空気を使用し、徐々に酸素の比率を高めることによって、この難問を解決した。

93式魚雷は、潜水艦用の95式魚雷とともに第二次世界大戦で唯一の酸素魚雷として、世界に卓越した射程、雷速及び破壊力並びに無航跡の威力を発揮した。

性能・要目

直径・・・・・・・61.0cm

長さ・・・・・・・・9.00m

雷速及び航走距離・・・36kt/40,000m

48kt/20,000m

炸薬量・・・・・490kg

92式魚雷(中)

この魚雷は昭和7年、電池魚雷としては異例の大型魚雷として開発、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦等に搭載された。また、一部は特攻兵器である「回天十型」の母体となった。

性能・要目

直径・・・・・・・53.3cm

長さ・・・・・・・・7.15m

雷速及び航走距離・・・30kt/5,000m

炸薬量・・・・・319kg

91式魚雷(右)

この魚雷は昭和6年、航空機から射出する航空魚雷として開発された。 標的となる艦艇に回避の暇を与えないため、高速度の航空機からの射出と水深の浅い海面での射出を可能とするため、独特の姿勢安定器等を備えており、真珠湾攻撃から終戦まで世界に卓越した威力を発揮した。

性能・要目

直径・・・・・・・45.0cm

長さ・・・・・・・・5.47m

雷速及び航走距離・・・42kt/2,000m

炸薬量・・・・・240kg

説明にあるように93式魚雷は世界初の酸素魚雷として開発されました。太平洋戦争中に酸素魚雷を運用していたのは帝国海軍のみです。

93式魚雷 前から

それまでの魚雷では考えられない航続距離に優れた雷速、そして破壊力をもち、加えて発見が難しい無航跡の酸素魚雷は米軍を恐れさせたといいます。

93式魚雷 後ろから

しかし酸素魚雷の活躍は長くは続きません。それは米軍のレーダーと制空権を失ったため。帝国海軍は優れた光学機器と鍛えた眼で米軍が気づく前に攻撃を行なうことに自信を持っていましたが、米軍はレーダーを開発。帝国海軍は見えないところから攻撃されるようになります。

加えて制空権を失います。いくら航続距離があるといっても飛行機にはかないません。魚雷としての性能は終戦まで優れていたといえますが、その性能を生かすことをできないような環境となってしまったのでした。

そんな活躍の場を失った93式魚雷は太平洋戦争末期には改造され回天となります。多くの若者たちの命を散らすことになるのでした。

このページの公開日:2013.04.06

コンテンツメモ

  • 訪問日:2013.03.30
  • 場所:広島県江田島市
  • 行程:上村汽船(宇品~切串)
  • EOS 7D + EF-S 15-85 F3.5-5.6 IS USM

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