国鉄2万キロ記念碑(広島県安芸太田町)
更新順がおかしなことになっていますが、11月末に国鉄2万キロ記念碑を観に出かけました。

国鉄の線路総延長が20,000kmになった記念碑
1872(明治5)年に新橋~横浜間に鉄道が開業して82年経った1954(昭和29)年に可部線の布駅~加計駅間が開通。坪野駅~田之尻駅間で国鉄の線路総延長が2万kmに達したことを記念し、1954(昭和29)年3月に工事を担当していた国鉄下関工事事務所布工事区の手で到達地点に設置されました。

碑には鉄道を開業した工部省から続く「工」の国鉄マークと"20000″と記された面、この碑の説明が記された面があります。この碑の「工」の国鉄マーク、最初はレールが2万キロになったということで、レールを埋め込んでいるのかと思っていたのですが、違っていたようです(苦笑)。


「工」のところ、やはりレールに見えて仕方ありません(笑)。それにしても、風化によりかなり傷んでいます。20000の数字がかなり読みづらいことになっていました。
線路はなくなりましたが
こんな国鉄2万キロ記念碑ですが、今はその線路はありません。この区間を含む可部線の可部~三段峡間は2003(平成15)年11月に廃止されました。廃止された線路は道路になりましたが、そのときに国鉄2万キロ記念碑が今の場所に移転されました。

国鉄で20,000kmというと、"いい旅チャレンジ20,000km"のキャンペーンを思い出します。キャンペーンが始まった頃は小学生でしたが、お小遣いで時刻表を買っていたような子供だったので、乗り継ぎを考えて擬似旅行(?)をしていました(笑)。
また、週末には"クイズ列車出発進行(番組名はググって調べました。こんな情報にもたどり着けるのはやはり凄い)"をみたり、鉄道のボードゲームでも遊んだりしていました。休みの日には父にボードゲームにつきあってもらっていたのを思い出しました。

話がそれてしまいましたが、この碑の存在を知って見に行ったことで、いろいろと昔を思い出すことができました。一時期まったく鉄道から離れていたので、可部~三段峡間の廃止を気にすることもありませんでした。キハが走っている姿すら見たことがありません。今思うと、一度は見ておきたかったなぁ。
参考にした書籍など
- 旧坪野駅、2万キロじゃなくなった「国鉄2万キロ記念碑」 【廃線20年 可部線今昔】⑫ / 中国新聞デジタル
- 中国新聞社 編『広島県大百科事典』上巻,中国新聞社,1982.11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12195018
- 広島県立文書館. 県北の路線を見つめる : 広島県の鉄道のあゆみⅡ : 広島県立文書館収蔵文書展, 広島県, 2017-03-28. https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000039-I12771086










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